信用取引のリスクを理解する

8月前半の日本株をはじめとした株式市場の下落は、過去の経験則が全く通用しないレベルでした。

そんな中、日本の実業家・YouTuberの青汁王子が20億円近い損失を出したという記事を拝見しました。詳しい投資内容は存じ上げませんが、信用取引を利用したため損失が拡大したとのこと。実は私も20年ぐらい前に日本株の信用取引で痛い目に遭ったことがあります。今日は信用取引について解説してまいります。

信用取引とは?

信用取引とは、投資家が自己資金を担保に証券会社からお金を借りて行う取引のことです。自己資金以上の取引ができるため、大きな利益を得る可能性がある一方で、リスクも高くなります。

例えば、X社株(1株1000円)を購入する場合

通常取引:
Aさんが100万円の自己資金で購入できるのは1000株です。
株価が1100円に上昇した場合の利益:
(1100円 - 1000円) × 1000株 = 10万円の利益

信用取引:
Aさんは100万円の自己資金で、証券会社から200万円借りて、合計300万円分(3000株)購入できます。
株価が1100円に上昇した場合の利益:
(1100円 - 1000円) × 3000株 = 30万円の利益

つまり信用取引を利用することで、同じ値上がり幅でも3倍の利益を得られる可能性があります。

また信用取引では、将来株価が下落することを予想し投資する「貸株取引」もあります。

例えば、 Y社株(1株2000円)が下落すると予想し売却する場合

信用取引:
Bさんは自己資金100万円の証拠金で、Y社株1500株(300万円分)を借りて売却できます。
株価が1800円に下落した場合の利益:
(2000円 - 1800円) × 1500株 = 30万円の利益

つまり信用取引を利用することで、株価下落時にも利益を得る機会があります。通常の現物取引では難しい戦略が可能になります。

ただし、以下の点に注意が必要です:

  1. レバレッジ効果により、損失も同様に拡大する可能性があります。
  2. 金利や貸株料などのコストが発生するため、実際の利益はこれより少なくなります。
  3. 相場が急激に変動した場合、追証(おいしょう)が発生するリスクがあります。
追証とは

追証とは「追加証拠金」の略で、信用取引において重要な概念です。

  1. 追証の発生条件:
    保有している信用建玉(しんようだてぎょく)の評価損が拡大し、証拠金の金額が維持率を下回った場合に発生します。
  2. 追証の計算例:
    例えば、Aさんが100万円の証拠金で300万円分の株式を信用買いしたとします。
    株価が10%下落すると、評価損は30万円になります。
    証券会社の維持率が30%だとすると:
    必要証拠金 = 270万円(下落後の評価額) × 30% = 81万円
    現在の証拠金 = 100万円 - 30万円(評価損) = 70万円
    追証額 = 81万円 - 70万円 = 11万円
  3. 追証への対応:
    ・追加で現金や有価証券を差し入れる
    ・保有建玉の一部または全部を決済して、必要証拠金を減らす
    ・支払期限は保険会社による(一般的に1~2日以内)
  4. 追証のリスク:
    ・追証に応じられない場合、証券会社が強制的に建玉を決済する可能性があります。
    ・相場が急落した場合、大きな損失を被る可能性があります。
  5. 追証の重要性:
    追証は投資家に対して、ポジションの見直しや資金管理の重要性を知らせるシグナルとなります。

例えば、先ほどの買い方の例で、X社株が1000円から700円に急落したケースを考えてみます。

Aさんの状況:

  • 元の証拠金:100万円
  • 借入額:200万円
  • 購入株数:3000株

株価急落後:

  • 評価額:700円 × 3000株 = 210万円
  • 評価損:90万円
  • 現在の証拠金:100万円 - 90万円 = 10万円

仮に維持率が30%とすると:
必要証拠金 = 210万円 × 30% = 63万円

追証額 = 63万円 - 10万円 = 53万円

この場合、Aさんは53万円の追証を求められます。この金額を用意できない場合、保有株式の一部または全部を売却して対応する必要があります。

信用取引のメリット

  1. レバレッジ効果: 少ない自己資金で大きな取引ができます。
  2. 相場下落時の利益機会: 株価下落時でも売り方の取引(貸株取引)で利益を得られる可能性があります。

信用取引のデメリット

  1. 大きな損失リスク: レバレッジ効果により、損失も拡大する可能性があります。
  2. 金利・貸株料のコスト: 借りたお金や株式に対して金利や料金が発生します。
  3. 追証(おいしょう)リスク: 相場が悪化すると、追加の証拠金を求められることがあります。

まとめ

昨今の株式市場、特にポストコロナ期における日経平均株価の上昇は、投資家に大きな利益機会をもたらしました。信用取引を利用した投資家は、更に大きな利益をコンスタントに得ることができたと思います。

しかし、8月2日と5日に起きた急激な株価下落は、信用取引の危険性を浮き彫りにしました。多くの投資家が追証に直面し、現金不足から強制的な株式売却を余儀なくされました。信用取引を行う投資家は往々にして手元資金に余裕がないため、売りが売りを呼ぶ連鎖反応が起き、8月5日には日経市場史上最大の下落幅を記録することとなりました。

下記グラフは東京・名古屋証券取引市場における信用取引残高(一般信用取引と制度信用取引)です。2日から9日の1週間で、一気に約9,000億円もの買残高が減少していることからもその極端さが分かります。

日にち買残株数買残高
7月19日3,405,9974,925,459
7月26日3,388,4484,980,898
8月2日3,344,1464,872,906
8月9日2,823,9843,963,496
(単位:千株・百万円)東京証券取引所株式部資料より

この下落局面は、資産運用における重要な教訓を提供しています:

  1. レバレッジの両刃性:信用取引は利益を増幅させる可能性がある一方で、損失も同様に拡大させる危険性があります。
  2. リスク管理の重要性:追証のリスクを考慮し、過度なレバレッジを避けることが crucial です。
  3. 自己資金内での運用:借入金を用いた投資は、本質的にギャンブル性が高くなります。自己資金の範囲内で運用することが、健全な資産管理の基本です。
  4. 市場変動への備え:急激な相場変動は予測困難です。常に最悪のシナリオを想定し、対応策を準備しておくことが重要です。

結論として、信用取引は慎重に扱うべき投資手法です。その利点を理解しつつも、潜在的なリスクを十分に認識し、自己の資金力とリスク許容度に応じた運用を心がけることが、長期的な資産形成には不可欠です。投資家の皆様には、これらの点を十分に考慮した上で、賢明な投資判断を行っていただきたいと思います。

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