
金融ビックバンがきっかけ
最近立て続けに海外銀行口座に関するお問い合わせをいただきました。そのお客様は、以前香港に渡航し、保険商品をご契約された際、あわせてHSBC香港(香港上海銀行)で銀行口座を開設したとのこと。主な目的は、保険満期金の受領用に開設されたとのことで、現在は口座に預金がいくらか入っているが、ほとんど使用しておらず、また昨今の香港の中国化を懸念しており、今後口座を保有継続すべきかどうかアドバイスがほしい、とのご質問でした。
1997年の金融ビックバンの一環で、外国為替管理法(外為法)が改正され、日本居住者も海外金融機関と直接取引ができるようになりました。そして海外に銀行口座を保有することが一部の人々(特に富裕層)の間でちょっとしたブームになりました。日本を含め非居住者の銀行口座開設を認めない国は多いですが、アジア一の金融都市香港の「HSBC香港(Hong Kong Shanghai Banking Corporation)」は、香港に居住しない日本人にも口座開設を認めていました。「誰でも簡単に口座開設できる日本から一番近い海外銀行」の一つとして注目されていた時期もありましたが、最近は口座開設者ご本人が英語を話せないと開設が難しくなっているようです。
なんとなくはやりや人の勧めで海外銀行口座を開設された方も多いと思いますが、本日は海外に銀行口座を保有することのメリットもデメリットを改めて確認いたします。
(1997年4月1日の読売新聞の一面より)

海外銀行口座保有のメリット
1. カントリーリスクの分散
海外に銀行口座を保有することの最大のメリットは、単一国家のリスクから資産を守ることができる点です。これは資産保全における重要な戦略的選択といえます。
日本のリスクからの独立性
日本の銀行預金はペイオフ制度により保護されていますが、その保護は1口座あたり1,000万円までという上限があります。また、日本も含めてどの国も将来的な経済危機を完全に回避できるとは限りません。仮に日本で深刻な経済危機が発生した場合、円の価値は大幅に下落する可能性があります。その際、海外に外貨資産を保有していれば、そのような国内経済の混乱による直接的な影響を回避できます。
真の資産分散とは
「日本国内の外資系銀行で外貨預金をすれば十分ではないか」という意見もありますが、これは誤解です。日本国内の外資系銀行も日本の法律に従って営業しており、国内金融機関と同様の規制を受けます。深刻な経済危機時には、政府が外貨預金を強制的に円に交換させる法的措置を講じる可能性もあります。
一方、HSBC香港のような海外銀行に預金すれば、日本の法律や規制の及ばない場所に資産を保有することになります。保険の満期金を海外銀行で受け取ることもリスクヘッジの一環と言えます。これにより、日本国内の経済混乱から資産を守るだけでなく、為替変動によっては資産価値を増やせる可能性もあります。
香港の政治状況について
香港の中国化に関する懸念の声もありますが、香港は1997年にすでに中国に返還され、中国の特別行政区として27年間にわたり国際金融センターとしての地位を維持してきました。確かに政治的な変化はありますが、香港の金融システムとしての信頼性は依然として高いレベルを保っています。
香港が国際金融センターとしての信用を失えば、その存在意義自体が失われることになります。中国政府も香港を通じて国際資本を誘致してきた歴史があり、一般個人の預金口座に恣意的に介入するようなことは、香港の金融ハブとしての価値を自ら毀損することになるため、実現の可能性は低いと考えられます。個人レベルの預金者にとって、香港の政治変化は過度に懸念すべきリスクではないと考えます。
2. 有利な金融サービス条件
低コストの金融取引
海外銀行は日本の銀行と比較して、各種取引手数料が大幅に安価な傾向にあります。特に以下の点でコスト優位性があります。
- 外貨両替手数料:日本の銀行より有利なレートでの両替が可能
- 国際送金手数料:特に頻繁に海外送金を行う場合、コスト削減効果が大きい
- ATM引出手数料:自行ATM利用時の手数料が無料または低額であることが多い
海外旅行者への参考情報として、日本の空港両替所は非常に不利なレートを適用していることが多く、特にマイナー通貨の場合はさらに不利な条件となります。旅行時には最低限の現金のみを日本で両替し、残りは現地の銀行やATMで両替・引き出しするのがコスト面で賢明です。
多様な金融商品へのアクセス
多くの海外銀行では、日本では入手困難な金融商品や投資機会へのアクセスも提供しています。例えば、
- 多通貨口座(複数の通貨を一つの口座で管理)
- 国際的な投資信託やETFへの直接アクセス
- 国際債券や外国株式への投資機会
HSBC香港も上記全てを兼ね備えています。
3. 利便性の高いグローバルアクセス
世界中でのアクセシビリティ
HSBC香港のようなグローバル銀行のATMカードは、世界各地の現地通貨にシームレスにアクセスできる利便性があります。アメリカでは米ドル、ヨーロッパではユーロ、アジア各国ではその国の通貨を現地のATMから直接引き出すことができます。
これにより、旅行前に多額の現金を両替する必要がなく、到着した空港のATMから必要な分だけを引き出せばよいという安全かつ便利な資金管理が可能になります。また、日々の引き出し限度額も設定されているため、セキュリティ面でも安心です。
最新の決済テクノロジー
例えばHSBC香港では、現金の引き出し用のATMカード以外に、希望者にはタッチ決済対応のMasterCardデビットカードを発行しています。これにより、現金を持ち歩かなくても世界中の加盟店で迅速かつ安全に支払いができます。特に海外旅行時には、クレジットカードと異なり、口座残高の範囲内で利用できるため、予算管理がしやすいという利点もあります。
(HSBC香港のデビットカード)

4. 充実した預金保護制度
香港の預金保護
香港にはDeposit Protection Scheme (DPS)と呼ばれる預金保護制度が、Hong Kong Deposit Protection Boardによって運営されています。保護額の上限は2024年10月に500,000香港ドル(約900万円)から800,000香港ドル(約1,440万円)に引き上げられ、日本のペイオフ制度(1,000万円)よりも手厚い保護を提供しています。
Hong Kong Deposit Protection Boardの詳細はこちら
シンガポールの預金保護
シンガポールにもDeposit Insurance Scheme(DI)という預金保護制度があり、Monetary Authority of Singapore (MAS)が監督するSingapore Deposit Insurance Corporation Limited(SDIC)によって運営されています。一預金者あたり最大10万シンガポールドル(約1,100万円)までの保護が提供されています。
Singapore Deposit Insurance Corporation Limited (SDIC)の詳細はこちら
その他の国の預金保護
多くの先進国では同様の預金保険制度を整備しており、例えば、
- アメリカ:Federal Deposit Insurance Corporation(FDIC)により一預金者あたり25万ドル(約3,750万円)まで保護 FDICの詳細はこちら
- イギリス:Financial Services Compensation Scheme (FSCS)により8.5万ポンド(約1,615万円)まで保護 FSCSの詳細はこちら
- オーストラリア:Australian Government Guarantee Schemeにより一預金者あたり25万豪ドル(約2,500万円)まで保護 Australian Government Guarantee Schemeの詳細はこちら
5. クロスボーダー金融サービスの活用
国際的な資金移動の円滑化
海外銀行口座を持つことで、国境を越えた資金移動がより円滑になります。特に海外不動産投資や国際ビジネスを行う場合、現地銀行口座があれば取引がスムーズに進むことが多く、時間とコストの削減につながります。
海外移住や長期滞在のサポート
将来的な海外移住や長期滞在を検討している場合、事前に現地銀行口座を開設しておくことで、現地での生活立ち上げがスムーズになります。住居の賃貸契約や公共料金の支払い、現地での給与受け取りなど、銀行口座があることで多くの手続きが簡略化されます。
6. プライバシーの確保
適法な範囲内ではありますが、海外銀行口座は一定のプライバシー保護を提供します。国内の金融機関と比較して、より厳格な銀行秘密法を持つ国も存在します。ただし、多くの国際協定により税務情報の自動交換が行われるようになっているため、脱税目的での口座開設は不可能であることを理解しておく必要があります。
海外銀行口座保有のデメリット
1. 口座管理の煩雑さ
英語が苦手な方にとって、海外銀行口座は開設すること以上にその後の管理が大きな負担となります。海外の銀行とのコミュニケーションは基本的に英語で行われ、日本語対応はほぼ皆無です。以下のような日常的な口座管理のあらゆる面で言語の壁が立ちはだかります。
- 利用明細やインターネットバンキングの画面は英語表記(HSBC香港は中国語にも対応)
- カスタマーサポートや問い合わせホットラインは、基本的に英語対応のみ(HSBC香港は中国語にも対応)
- ATMカードの紛失届や住所変更など、すべての手続きが英語での書類提出が必要
- 日本で一般的な印鑑はなく、Signature(署名)による本人確認が求められる
特に署名に関しては、日常的に署名の習慣がない日本人にとって、口座開設時と同じ署名を再現できなかったり、正確な署名を覚えていなかったりすることで手続きが滞るケースが少なくありません。この「署名の一貫性」は、思いのほか大きな障壁となることがあります。
2. 銀行選択の重要性と制約
海外の銀行であれば、どの国のどの銀行でも同じように安心して利用できるわけではありません。大切な資産を預けるのですから、信用力の高い金融機関を選ぶことが非常に重要です。
例えば、HSBC香港は本社をイギリスに置く歴史ある大手銀行であり、S&Pの信用格付けはAA-(2025年2月現在)という高い評価を受けています。預金者にとって安心感のある金融機関と言えるでしょう。
一方、発展途上国のローカル銀行では、高金利を提示していても以下のようなリスクが高まります。
- 銀行自体の信用リスク(経営破綻のリスク)
- 突然の法律・規制の変更リスク
- 金融危機時に自国民保護が優先され、外国人の資産が二の次にされるリスク
したがって、海外口座を開設する場合は、先進国の大手銀行を選択することが賢明です。ただし、そのような信頼性の高い銀行は、非居住者に対する口座開設の条件が厳しい場合も多いという制約があります。
3. 税金申告の複雑化
海外に銀行口座を持つと、日本での税金申告が複雑になります。海外口座の残高が5,000万円を超える場合は「国外財産調書」の提出が必要となり、海外で得た利子や配当などの所得も日本で申告する義務があります。
また、為替レートの変動により、実際には利益が出ていなくても円換算で利益が出たとみなされ、課税対象となるケースもあります。こうした税務処理は専門知識が必要で、場合によっては税理士への相談費用が発生することも考慮すべきです。
4. 口座凍結・閉鎖リスク
海外銀行は、一定期間取引がない口座を「休眠口座」として凍結するケースが多く、HSBC香港も例外ではありません。口座の再活性化(Reactivate)には複雑な手続きが求められる場合があります。(最悪の場合、現地支店に本人が出向く必要があります)
また、マネーロンダリング対策の強化により、海外銀行は非居住者の口座に対して定期的な身元確認や資金源の証明を求めることが増えています。これらの要求にタイムリーに対応できないと、口座が凍結されるリスクが高まります。
5. 通貨リスクの存在
海外銀行口座では、通常その国の通貨または主要外貨(米ドル、ユーロなど)で資金を保有することになります。これは必然的に為替変動リスクを伴います。円高になれば、外貨建て資産の円換算価値は減少します。資産分散という目的では有効ですが、短期的には為替変動によって資産価値が大きく変動する可能性があることを認識しておく必要があります。
まとめ
これまでHSBC香港の記事は全く書いてこなかったのですが、最近の問い合わせ増加を受けて、記事にすることにしました。HSBC香港の口座は、一定期間資金移動がないと凍結されたり、発送されたATMカードも迅速に有効化しないと利用できなくなったりと、メンテナンスに注意が必要な銀行口座です。日本の銀行では、電話一本で簡単に解決できるような問題も、海外の銀行はホットラインを介して適切な担当者に繋がることさえ困難です。そのため、不都合をそのままにしている利用者も少なくありません。
せっかく渡航して開設した海外銀行口座です。口座のメンテナンスに注意を払い、有効にご活用いただければと思います。HSBC香港の口座メンテナンスでお困りの方は、お気軽にお問い合わせください。